| ■海浜荘の謂れ |
| 天保10年(1839年)すでに当家は「御宿會所」として 伊豆江奈村(現在松崎町江奈)に、3件在った郷宿の一軒で あった。 当時伊豆地方は掛川藩の飛び領地であり、太田家の所轄天領 であった。この周辺には、陣屋が設けられており、それらを 巡視した役人、各村の名主、村役人の一行が公用で訪れた際 に宿泊する宿を郷宿として指定していたのである。当時関八州 を含む伊豆の代官であった江川太郎左衛門英竜(号担庵 1801〜1855 享保〜安政)が伊豆相模安房上総を 測量巡視した折の伊豆の宿泊地は江奈村、宿は郷宿である 「會所」であった。 文久3年(1863)再度被災し他所より現在地に移転をして 再興、昭和40年新築、昭和61年増改築を成し、永年近郷 近在から「會所」と愛称されて来たが、時代の波と共に現代風に 「海浜荘」と改め、今に至っている。 当荘はこのような経緯を持ち、周辺町村最古の歴史をもつ 旅館である。 |